佐藤勇樹は、全国に広がる都市伝説「カシマレイコ」の真実を探し求めていた。岐阜県下呂市の小さな町に、一人の美少女「鹿島礼子」がいた。彼女は勇樹の幼馴染であり、中学二年生の頃は、二人は互いに特別な存在だった。彼女の長い黒髪と美しい笑顔は、町の誰もが魅了されていた。
中学二年生のある日、勇樹は思い切って礼子に告白する。「礼子、君が好きだ。」彼女は笑顔を浮かべたが、どこか悲しげに「もう少しだけ待って」と言った。その裏には、礼子の抱える家庭の問題があった。彼女は両親から虐待を受け、心も体も深く傷ついていたのだ。勇樹にはそのことを話すことができず、二人は数年後に東京で一緒に暮らすという約束を密かに交わした。
しかし、その約束は儚くも破られる。ある冬の日、礼子は家のストーブで大やけどを負い、右手と右目を失ってしまう。それから、彼女は学校に通わなくなり、家に閉じこもった。勇樹は何度も彼女の家の前を通ったが、声をかけることができなかった。ある日、彼はベランダに立つ礼子を見かけた。彼女は手を振ったが、その手は不自然に欠けていた。恐怖と戸惑いに負け、勇樹はその場から逃げ出してしまった。その後悔が彼の心を長く縛りつけた。
礼子は深い憎しみを抱えながら、髪で「箱」を作り、失われた右手や右目を模した呪いの儀式を行った。それが後に「コトリバコ」として知られる呪物に変わることとなった。彼女がこの世を去った後、町には奇妙な噂が広がり始めた。夕方、異様に長い黒髪の女性を見たという話が多くの人々の口に上るようになった。
最初は地元の小さな町で囁かれていたその噂は、次第に周囲の都市へと広がっていった。やがて「カシマレイコ」を見たという報告は岐阜県内全体に及び、そこからさらに関東地方へと広がりを見せた。目撃された場所は徐々に東京に近づき、ついには首都圏でも「カシマレイコ」を見たという人々が現れるようになった。彼女の恐ろしい姿を見た者の家では、必ず3回玄関がノックされ、家に入ってきた彼女が「右手か目をくれ」と問いかけるという噂が囁かれた。これに答えなければ、呪いがその者を蝕むことになるのだ。
勇樹は、そんな噂を耳にしながら、彼女を救いたいという一心で呪いや霊的な研究に没頭するようになった。東京に近づいていく「カシマレイコ」の噂は、礼子が彼を求めているかのようにも感じた。ついに彼は、東京の一角で「カシマレイコ」と再会することになる。
その時、彼女はすでに礼子としての面影を失い、長い黒髪と欠けた右手、恐ろしい眼差しを持つ存在へと変わり果てていた。しかし、勇樹は彼女を見ても逃げなかった。「礼子、君を救いたい。僕は今でも君を愛しているんだ。」彼は震える声でそう言った。
その言葉に、カシマレイコとしての彼女は一瞬だけ動きを止めた。勇樹の愛と後悔に満ちた告白が、彼女の中に残っていた人間としての心を呼び覚ましたのかもしれない。彼女の黒髪は次第に短くなり、姿は霧のように消えていった。
それ以来、「カシマレイコ」の噂は急速に下火になり、今ではほとんど聞かれることがなくなった。彼女の呪いが解かれたのか、彼女が自ら去ったのか、その真実は不明だ。ただ一つ言えるのは、勇樹の愛が彼女を救ったのかもしれない、ということだ。
今では東京でも、彼女の姿を見る者はいない。